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東京地方裁判所 平成8年(ワ)166号 判決

主文

一  被告芙蓉総合リース株式会社は、原告に対し、金二九〇五万三六一二円及びこれに対する平成八年一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告更生会社株式会社京樽更生管財人池田靖との間で、原告が金一八四万六三八八円の更生債権及び同額の議決権を有することを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文第一項につき金三〇九九万〇五一九円の支払いを求め、同第二項につき金一九六万九四八一円の更生債権等の確定をそれぞれ求めるほか主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、被告らからそれぞれその所有する各土地を買い受けた原告が、右各土地中に障害物(杭及び耐圧板等)が埋設されていたことを理由に、被告らに対し、売買の目的物に隠れたる瑕疵が存在したことによる瑕疵担保責任として、これらの障害物の撤去に要した費用相当額の損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1 原告は、不動産の購入、販売等を目的とする株式会社であり、被告芙蓉総合リース株式会社(以下「被告芙蓉」という。)は、リース業等を目的とする株式会社である。更生会社株式会社京樽(以下「京樽」という。)は、食料品の製造等を目的とする株式会社であるが、平成九年三月三一日午後五時、東京地方裁判所において更生手続開始決定が出され、被告京樽更生管財人池田靖が更生管財人に選任された。右更生管財人は、平成一〇年二月一八日、原告の届出更生債権(一九六万九四八一円)全額につき異議を述べた。

2(一) 原告と被告芙蓉は、平成六年九月一九日、被告芙蓉を売主、原告を買主として、別紙物件目録記載(一)ないし(三)の各土地(以下(芙蓉売却各土地」という。)及び同目録記載(四)の建物(以下「本件建物」という。)につき、代金合計金七億一七三九万六〇〇〇円(ただし、本件建物の売買代金は〇円とする。)で購入する旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約(一)」という。)。

(二) 原告と京樽は、同日、京樽を売主、原告を買主として、別紙物件目録記載(五)の土地(以下「京樽売却土地」といい、これと芙蓉売却各土地とを併せて「本件各土地」という。)につき、代金二七六一万三一〇〇円で購入する旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約(二)」といい、本件売買契約(一)と併せて「本件各売買契約」という。)。

3 原告は、被告芙蓉及び京樽に対し、平成六年一一月三〇日、本件各売買契約に基づく売買代金全額をそれぞれ支払い、本件各土地及び本件建物につき所有権移転登記を了した。

4(一) 原告は、平成七年五月一〇日以降、本件各土地上にマンションを建築するため本件建物解体工事及びマンション建設基礎工事を行ったところ、同年六月ころ、芙蓉売却土地の地中から、別紙地中障害目録第一(一二)ないし(七〇)記載の杭が発見されるとともに、右土地及び京樽売却土地の地中から、同目録第二記載の地中埋設基礎(耐圧盤)が発見された(以下、右杭及び耐圧盤を併せて「本件地中障害物」という。)。

(二) 原告は、同年七月下旬ころ、本件各売買契約の仲介者であった訴外安田信託銀行株式会社(以下「訴外銀行」という。)を介して、被告芙蓉及び京樽に対し、本件地中障害物が発見されたことを通知した。

二  争点

1 本件地中障害物の存在が瑕疵にあたるか

(原告の主張)

本件各売買契約締結に際し、原告が本件建物を取り壊した上で本件各土地上に中高層建物を建築する予定であることは、被告芙蓉及び京樽も知悉していた。すなわち、本件各土地は、中高層建物を建築するという用途を前提として売買されたものであるところ、本件地中障害物を除去しなければ中高層建物を建築することは不可能だったのであるから、本件地中障害物の存在は、本件各土地の瑕疵にあたる。なお、本件地中障害物は、いずれも、本件建物の基礎部分もしくはアスファルト及び砂利の下に埋められていたものであるから、「隠れた」瑕疵であって、「直ちに発見しえない」瑕疵である。

(被告らの主張)

本件地中障害物の存在は、低層建物を建築する上では何ら問題となるものではなく(現に、被告芙蓉は、芙蓉売却土地上に平屋建ての本件建物を建築所有していた。)、中高層建物を建築するという原告固有の事情があって初めて障害になるものであるから、本件地中障害物の存在をもって、本件各土地が通常の用途を前提として通常有すべき品質、性質を欠くものということはできず、瑕疵には当たらない。

2 商法五二六条一項に規定する検査通知期間は経過したか(本件において「目的物を受取りたるとき」はいつか)

(原告の主張)

本件各売買契約締結当時、京樽の関連会社である訴外株式会社王府井(以下「王府井」という。)が被告芙蓉から右建物を賃借して飲食店を経営していた。被告芙蓉は、王府井との間の賃貸借契約を解除して本件建物から立ち退かせることになっていたが、同被告及び京樽は、原告に対し、年末は右飲食店の売上が増加する時期なので引き続き三か月間本件建物で営業させてほしいと要請したため、原告は、やむを得ずこれに応じることとし、平成六年一一月三〇日付で本件建物につき王府井との間で期間三か月の一時使用賃貸借契約を締結した(以下「本件一時賃貸借契約」という。)。そのため、原告は、同日本件各売買契約の代金を支払い本件各土地の所有権移転登記を了したにもかかわらず、平成七年二月末日までは現実に本件各土地建物の引渡しを受けることができず、目的物の検査を行うことも不可能だったのであるから、本件において「目的物を受取りたるとき」は、原告が現実に本件各土地建物の引渡しを受けてこれを検査しうる状態になった同月末日である。そして、原告は、同年三月一日から六か月以内である同年七月下旬ころには、被告らに対し、本件地中障害物の存在を通知した。

(被告らの主張)

被告芙蓉及び京樽は、平成六年一一月三〇日、原告に対し、本件各土地の所有権移転登記手続を了し、本件各土地建物の引渡しを完了している。すなわち、原告は、同日、本件各土地につき管理支配権を取得したのであるから、同日をもって、「目的物を受取りたるとき」に当たるというべきである。王府井が原告に本件建物を明け渡したのが平成七年二月末日であったとしても、原告は、自ら王府井と交渉し、自己の判断で同社と賃貸借契約を締結した上、同社から賃料を受領していたのであるから、その危険は原告が負担すべきである。そして、原告は、同年一二月一日から六か月以内に目的物を検査してその瑕疵を通知すべき義務を怠っているから、被告らに対して瑕疵担保責任を問うことはできない。

3 原告の損害額

(原告の主張)

原告が業者に本件地中障害物撤去工事費用を見積もらせたところ、合計金三二九六万円(芙蓉売却土地につき金三〇九九万〇五一九円、京樽売却土地につき金一九六万九四八一円)とのことであった。原告は、右業者との交渉の結果、平成七年四月二五日、合計金三〇九〇万円を支払ったが、金二〇六万円の値引きを得られたのは原告の交渉努力の成果であって、損害の客観的評価額としては金三二九六万円である。

(被告らの主張)

本件地中障害物の存在は、低層建物を建築しようとする者にとっては何ら障害とはならないものであるから、本件地中障害物の存在が顕在化していれば、被告芙蓉及び京樽としては、パチンコ業者等低層建物の建築を希望する者に対し、同じ程度の代金で売却したはずであるから、本件各土地の取引価値には何ら影響を及ぼすものではなく、本件地中障害物の撤去費用をもって損害ということはできない。

4 本件地中障害物の存在についての被告芙蓉及び京樽の悪意

第三  争点に対する判断

一  争点1(瑕疵の存在)について

1 《証拠略》によれば、本件契約締結に至る経緯について以下の事実が認められる。

(一) 原告は、かねて土地を購入して分譲マンションを建設する事業計画を有し、そのための建設用地を探していた。他方、被告芙蓉及び京樽は、相互に隣接する本件各土地を併せて第三者に売却することを計画し、被告芙蓉の所有する芙蓉売却土地及び本件建物も含め、京樽が窓口となって購入先を探していた。原告は、平成六年六月中旬ころ、訴外銀行を介して、本件各土地をマンション建設用地として購入することを検討してほしいとの要請を受けた。原告は、売買代金額等につき訴外銀行を介して被告芙蓉及び京樽と交渉を重ねる一方、本件各土地上に分譲マンションを建設販売した場合に採算がとれるか否かを社内において検討した上、同年七月二〇日ころ、本件各土地を七階建て分譲マンション建設用地として一坪あたり約金一一五万円で購入することを決定し、訴外銀行に対し、その旨連絡した。他方で、被告芙蓉及び京樽は、パチンコ店を経営する他会社からも購入希望があったものの、原告に売却することを決め、より具体的な交渉に入ることとした。

(二) 原告の担当者であった訴外村山哲郎(以下「村山」という。)は、同年八月ころ以降、同年九月一九日に本件各売買契約を締結するまでの間に、本件各売買契約の具体的内容等を詰めるため、三回程度、訴外銀行を交えて売主側との交渉の機会を持ったが、その際、京樽の担当者である訴外高岡敏雄及び同市沢正博部長(以下、併せて「高岡ら」という。)が被告芙蓉の交渉窓口をも併せて務めるとのことであったため、右交渉の場には被告芙蓉の関係者が同席することはなかった。

(三) 右交渉の過程で、同年八月一日、購入希望者である原告と、売却希望者である被告芙蓉及び京樽とは、連名で、訴外銀行を介して、埼玉県宛に国土利用計画法に基づく土地売買届出書を提出した。右届出書には、本件各土地の利用目的として、分譲共同住宅建設(予定戸数六四戸)予定であることが記載されていた。

(四) ところで、埼玉県越谷市において建築・開発工事等を行う場合には、越谷市開発部開発指導課との間で事前協議を経ることが必要とされていた。一般的には、売買対象土地の引渡しを受けた上で右協議に入るのが通常であるが、原告は、本件各土地建物の売買代金合計約金七億四五〇〇万円につき金融機関からの融資を受けて弁済する予定であったことから、できるだけ早期に分譲マンションを建設販売した上で投下資金を回収して金利負担を軽減したいと考えていたため、村山は、前記交渉の席で高岡らに対し、右のような事情を述べ、本件各契約残代金を完済して本件各土地の引渡しを受ける以前に右事前協議申請手続に入りたいのでこれに協力してくれるよう要請した。被告芙蓉及び京樽はこれを承諾し、その結果、本件各契約書には、被告芙蓉及び京樽において、本件各契約締結後残金決済時までの間に原告が開発事前協議申請手続きに入ることを承諾しこれに協力するとの条項が記載されるに至った(甲一〇の17条、一一の18条)。

(五) 前記のような交渉を経て、同年九月一九日、訴外銀行馬喰町支店において、同銀行関係者の立会のもと、原告、被告芙蓉及び京樽の担当者がそれぞれ出席して本件各契約が締結された。

2(一) 前記1認定の経緯に照らせば、本件各契約締結に際し、被告芙蓉及び京樽において、原告が本件各土地上に中高層マンションを建築する予定であることを知悉していたとの事実を認めることができる。

そして、《証拠略》によれば、原告は、本件各契約締結に先立ち、マンション建築計画に対する影響の有無等を調査するため、高岡らを通じて、被告芙蓉から資料図面等を借用して本件建物の基礎杭の位置等を確認したこと、ところが、本件各契約締結後、実際に本件建物の解体工事を進めるに従って、右図面等には一切記載されていない、多数のPC杭及び二重コンクリートの耐圧盤等の本件地中障害物が発見されたこと、本件各土地上に中高層マンションを建築しようとすれば、基礎工事を行うために本件地中障害物を撤去する必要があるところ、右撤去には通常の中高層マンション建築に要する費用とは別に金三〇〇〇万円以上の費用がかかることの各事実を認めることができる。

これらの諸事実に鑑みれば、本件地中障害物が存在する本件各土地は、中高層マンションが建築される予定の土地として通常有すべき性状を備えていないものというべきであるから、本件地中障害物の存在は、本件各契約の目的物たる本件各土地の瑕疵に当たるといわざるを得ない。

(二) 本件地中障害物の存在が容易に認識しうる状態になかったことは、被告らにおいて明らかに争わない。

3 したがって、本件地中障害物の存在は、本件各土地の「隠れたる瑕疵」に該当する。

二  争点2(商法五二六条一項の検査通知期間の起算点)について

1 商法五二六条一項は、商人間の売買において目的物に直ちに発見することができない瑕疵があった場合、買主において目的物を受領してから六か月以内にこれを発見して直ちにその通知をするのでなければ売主に対して損害賠償の請求をすることができない旨規定する。右規定は、迅速性を尊ぶ商取引においては、買主において目的物を受領して検査可能な状態になった以上は遅滞なくこれを検査し、瑕疵がある場合にはその事実を売主に通知することを要するとすることにより、買主と売主との利益の調整を図るとの趣旨に出たものであると解される。そこで、右の趣旨を前提に、本件において、同項に定める六か月の期間の起算点としての「目的物を受取りたるとき」がいつであるかについて以下検討する。

2 原告が平成六年一一月三〇日に本件各契約に基づく売買残代金を完済し、本件各土地につき所有権移転登記手続を了したこと、同日、原告が訴外王府井との間で本件建物につき期間三か月の本件一時賃貸借契約を締結したこと、訴外王府井が平成七年二月末日に本件建物を明け渡したこと、原告が平成七年五月一〇日以降、本件建物解体工事及びマンション建設基礎工事に着手したこと、原告において同年七月下旬ころ、被告芙蓉及び京樽に対し、本件地中障害物の存在を通知したことの各事実は、各当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠略》を併せれば、原告が訴外王府井との間で本件一時賃貸借契約を締結するに至った経緯等につき、以下の事実が認められる。

(一) 訴外王府井は、京樽の関連会社であるところ、従前、被告芙蓉から本件建物を賃借して同所で飲食店を経営していた。なお、京樽は、被告芙蓉と王府井との間の右賃貸借契約につき、王府井の連帯保証人となっていた。

(二) 平成六年に入って、王府井が本件建物における飲食店を閉鎖することとなったため、被告芙蓉及び京樽は、王府井が本件建物を明け渡すことを前提に、本件各土地建物を併せて第三者に売却することとし、同年六月ころ以降、本件各土地建物の購入を希望する原告との間で売買交渉を開始した。右売買交渉に際し、当初は、本件建物の所有者である被告芙蓉において、同年一一月三〇日までに王府井との賃貸借契約を解除して同社から本件建物の明渡を受けた上で芙蓉売却土地及び本件建物を原告に引き渡すことが前提とされていたが、右交渉の過程で、王府井から被告芙蓉及び京樽に対し、年末年始は売上が増加する時期なので年末年始の営業を行ってから閉店したいとの要望が出された。そのため、同年九月上旬ころ、被告芙蓉及び京樽の交渉担当者であった高岡らから原告の担当者であった村山に対し、王府井から右のような要望が出されているのでこれに協力してほしいとの要請があった。原告は、本件各売買契約代金を金融機関からの借入れで支払うこととしていた関係から、契約締結後直ちに本件建物解体・マンション建築工事に着手して平成八年三月にはマンションを完成させ分譲する計画を立てていたが、社内で検討した結果、最終的に売主側の右要望を受け入れ、平成七年二月末日までの三か月間本件建物を王府井に使用させることとし、本件各売買契約締結に先立ち、村山から高岡らに対し、その旨回答した。原告は、王府井に賃貸する間の月額賃料として、当初、原告の金融機関からの借入金利相当額金三〇二万円及び固定資産税負担分月額金一八万円の合計金三二〇万円を希望したが、王府井から支払可能な限度額として月額金二三〇万円を提示されたため、それを了承することとした。

(三) 右の経緯を踏まえ、京樽において、原告と王府井との間の本件一時賃貸借契約書面を作成し、平成六年一一月三〇日、原告と訴外芙蓉及び京樽との間で本件各売買残代金の決済及び登記関係書類の授受を行った際、訴外芙蓉と王府井との間における本件建物の賃貸借契約を解除すると同時に原告と王府井との間で本件一時賃貸借契約を締結した。

(四) なお、原告は、越谷市との間の事前協議手続を進める過程で、同年一一月、本件各土地の地質調査を行ったが、この時点ではまだ本件建物において王府井が営業を行っていたため、本件各土地の隅の部分のみでの調査にとどまらざるを得ず、この時点では、本件地中障害物は一切発見されなかった。

(五) 原告は、平成七年二月末日ころ、王府井から本件建物の明渡しを受けた。原告は、その後、埼玉県及び越谷市との間で道路拡幅計画等に関する協議を経て、同年五月一〇日ころ、訴外多田建設株式会社(以下「多田建設」という。)に請け負わせて本件建物の解体及びマンション建設工事に着手したが、同年六月半ばころ以降、右工事の過程で本件地中障害物が発見されるようになった。そこで、原告及び多田建設において調査を行う一方、同年七月下旬ころ、原告から訴外銀行を通じて被告芙蓉及び京樽に対し、本件地中障害物が発見されたことを連絡し、現場において、多田建設の担当者が図面等を示して説明を行った。原告は、その後、被告芙蓉及び京樽に対し、本件地中障害物の撤去費用の見積書等を示して費用の負担を求めたが、被告及び京樽は、同年九月ころ、これを拒絶する旨回答した。

3 前記2認定の諸事実によれば、原告は、平成六年一一月三〇日に売買代金う完済して本件各土地建物の所有権を取得してはいるものの、同時に本件建物を王府井に一時賃貸することとしたため、右賃貸期間である三か月間は、本件建物の解体工事に着手することができず、その間は本件各土地につき地中障害物等の瑕疵の存否を調査確認することはおよそ不可能であって、しかも、王府井との間の本件一時賃貸借契約は、原告側の事情によるものではなく、専ら売主である被告芙蓉及び京樽からの要請に原告が応じたことにより締結されたものであるというのである。このような経緯に照らせば、本件において、原告が「目的物を受取りたるとき」とは、原告と王府井との間の本件一時賃貸借契約が終了し、原告が王府井から本件建物を現実に明け渡されたことにより、原告において現実に本件各土地を検査することが可能となった、平成七年二月末日と認めるのが相当である。仮に、原告において目的物の検査を行うことが事実上不可能であった右の三か月間をもって検査通知すべき六か月の期間に算入するとすれば、売主側の要望を受け入れたために買主において一方的な不利益を被ることとなり、買主と売主との利益の調整を図ることを目的とした同項の趣旨にもとるばかりか、当事者間の信義にも反する結果となるからである。

なお、《証拠略》によれば、王府井に年末年始の間営業させてほしいとの希望を直接原告に対して伝えたのは京樽の従業員であった高岡らであることが認められはするけれども、前記一1(二)認定のとおり、高岡らは、当初から京樽のみならず被告芙蓉の窓口としても原告との交渉にあたっていたこと、被告芙蓉は、当時、本件建物の所有者かつ賃貸人であって、王府井との間の賃貸借契約を終了させた上で本件建物を原告に引き渡すべき立場にあったから、賃借人である王府井がいつ本件建物を明け渡すかということについては当事者として重要な利害関係を有していたものであること、本件各売買契約の残代金決済と同時に被告芙蓉と王府井との間の賃貸借契約の解除及び原告と王府井との間の本件賃貸借契約締結が行われた平成六年一一月三〇日には、被告芙蓉の担当者も同席していたこと等に鑑みれば、原告が王府井に対して本件建物を一時賃貸するということは、京樽のみならず、被告芙蓉をも含めた売主側からの要請であったとみることが自然であるから、被告芙蓉の関係者が直接原告に対して右のような要請をしたことがなかったとしても、前記の判断を左右するには至らない。

4 以上によれば、原告は、目的物を受取りたるときから六か月以内である平成七年七月下旬ころまでには、目的物の瑕疵を発見した上、被告芙蓉及び京樽に通知したものというべきであるから、商法五二六条一項所定の検査通知期間が経過したとの被告らの主張は、採用することができない。

三  争点3(損害の額)について

1 《証拠略》によれば、原告は、本件地中障害物が発見された後、本件建物解体及びマンション建設工事の請負先であった多田建設に対し、本件地中障害物の撤去にかかる費用の見積もりを依頼したこと、多田建設は、当初、原告に対し、右撤去費用を合計金三二九〇万円とする見積もりを提示したこと、原告は、多田建設と交渉の上、撤去費用を合計金三〇九〇万円とすることで合意し、同社に依頼して本件地中障害物を撤去させた上、同社に対し、撤去費用として右金額を支払ったことの各事実が認められ、右事実に照らせば、本件各土地に本件地中障害物が埋設されたことによる原告の損害額は、右撤去に要した費用合計金三〇九〇万円と認めるのが相当である。もっとも、被告の提出した訴外株式会社桐商エアコンによる見積書には、本件地中障害物の撤去費用として金一〇三八万円との記載があるけれども、《証拠略》によれば、右見積書には、工事に要する見込期間ないし単価等の点でその金額の妥当性に疑問があることが窺われるから、右見積書の記載金額をもって本件地中障害物の撤去に要する費用額として相当であるということはできない。

なお、原告は、多田建設による見積額である金三二九〇万円が客観的な損害であると主張するけれども、原告において現実に金三〇九〇万円しか支出しておらず、それ以外に支出を予定しているという事情も窺われない以上、金三〇九〇万円を超えて原告に損害が発生したとみるべき根拠がなく、そもそも、原告において現実に支出を要した以上の金額の賠償を受けられるとすれば、本件各土地に瑕疵があったことにより原告はかえって利得を得ることになるのであって、そのようなことは、民法五七〇条、五六六条一項の予定するところではないといわなければならない。

また、被告らは,本件地中障害物の存在は、低層建物を建築しようとする者にとっては障害となるものでなく、本件各土地の取引価格には影響がないとも主張するけれども、前記判示のとおり、本件各土地は、本件地中障害物が存在することにより、中高層建物を建築する予定の土地として通常有すべき品質・性状を欠くものとして瑕疵があるといわざるを得ず、本件各土地上に中高層建物を建築するためには本件地中障害物を撤去する必要があるというのであるから、右撤去に要する費用をもって本件各土地に存在する瑕疵による損害というほかはなく、本件各土地の取引価格に影響を及ぼすか否かによって右判断が左右されるものではないから、被告らの右主張は、採用することができない。

2 以上によれば、本件各土地に瑕疵が存在したことにより原告が被った損害の額は、合計で金三〇九〇万円であるところ、右金額を、多田建設による合計金三二九〇万円の前記見積書記載の各金額(芙蓉売却土地につき金三〇九九万〇五一九円、京樽売却土地につき金一九六万九四八一円)の割合に応じて芙蓉売却土地と京樽売却土地とに按分すれば、芙蓉売却土地については金二九〇五万三六一二円、京樽売却土地については金一八四万六三八八円となるから、右各金額が、各被告においてそれぞれ賠償すべき損害額となる。

(裁判官 増森珠美)

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